隠れ里のような

国道50号線を岩瀬から笠間に向かって走っていると、立ちはだかるように道路の前方に山塊が現れる。国道と水戸線の線路は、その南側山麓を巻くように通っている。この山塊の中がどんな所なのか知る人は意外と少ないのではないだろうか。中に入るには、北側からの道路が一本だけ通じてるのみで、他に峠越えの山道があるにはあるが、今ではほとんど消えかかっている。2年前、僕はGoogleマップで空から見て大変興味が湧いて、それ以来、季節ごとに何度か訪れている。

集落へ入る道路

ここは桜川市の東端で、山の向こうは笠間市である。周囲を、標高三、四百メートルの山で囲まれた、極小さな盆地、むしろ凹地と言う方がいいかもしれない。中央が平坦になっていて、田んぼが谷川沿いに連なっている。その間に、旧家らしい大きな長屋門の農家が点在している。昔は4軒だけだったが、現在は8軒に増えたそうだ。このような外部から隔絶したような所でひっそりと暮らしているのが気になって聞いてみたら、祖先は加賀から来たという。昔、遠い昔、何か歴史の出来事があって、遥か遠くからこの地に来て百姓となったのだろう。そして、何百年もの時間が過ぎた。

高台から見渡すと美しい! 静かだ! 聞こえるのは小鳥の鳴き声だけ。
山里全体が緑一色に埋もれている。折からの夏の日差しが白壁を照らしている。

こんな隠れ里のような里が、岩瀬や笠間の街並みの近く、激しく車の行き交う50号線のすぐ近くにあることが、奇跡のような気がする。

 

「名店」を見つけた

 

自宅から小屋に戻る途中、途中で休みたくなって、我孫子市布佐の『リーバーサイド』というカフェに入った。名前の通り、手賀沼の水が利根川に流れ込む手賀川の土手脇にポツリとある。まず、店構えからして、どこかしら惹きつけるものがある。この僕の「カン」は当たっていた。
店内は、長い時間に燻されたような色調である。壁に架かっていたプレスリーやマリリン モンローの写真も色褪せている。その下にあるCDジャケット棚も薄汚れている。カウンターテーブルの上には、コカコーラとミネラルウオーターのガラス瓶が並んでいる。コーラ瓶の紙ボックスの写真も色褪せている。今でも中身が入ったままのようだ。カウンターにすくっと立っているマスターの風貌が、これらの年代物と上手く調和している。80歳ぐらいだろうか?今では髪もだいぶ薄くなっているが、「老ロックンローラー」という表現がピッタリで今なおカッコイイ。若いときは、リーゼントスタイルが、いかにも似合っていただろう。隣の優しそうなお婆ちゃん(奥さん)に「この店はどのくらい前から営業しているの」と聞いたら、「私らは四十年前からここでやっている」という。そして「歳がわかっちゃう」と。このカフェの雰囲気は、ロックンロールに夢中になっていた若い二人が、四十年の時間をかけて作り出したものだったのだ。

しばらく、カウンターでコーヒーを飲んでいたら、作業服を着た二人の若者が入ってきた。そして、「パンチくん」とか「布佐駅交番」とかを注文している。何だと思ったら、メニューにそういうのがあるのだ。他に「デビちゃん」だの「サリーちゃん」だの「JRスペシャル」なんてのもある。出てきた料理のボリュウムに驚いた。ものスゴイ量なのだ。さすが注文した二人も声をあげた。思わず僕も写真を撮らせてもらった。その様子を見ていたマスターが、「これがウチの店の名物だからね」と言いながら笑っていた。僕も引き込まれて、あまりお腹が空いていないのも関わらず、つい、チキンライスを注文してしまった。その量の多さにたじろぐほどだったが、ちゃんとマッシュルームなども入っている本格的なもので美味しかった。おかげで完食できた。ここは間違いなく「隠れた名店」だ。

梅雨の晴れ間

昨日は、定例の筑波山観察会だった。梅雨の晴れ間の気持ち良い天気だった。この季節、咲いている花は少ない。それでも、ヤマアジサイやノリウツギなどの白い花が、深い緑の陰でひっそりと咲いていた。

ヤマアジサイ

山頂付近では気温が低いせいか、今がウツギの花盛り。そこに、様々な蝶や蜂たちが蜜を求めて訪れていた。その中にアサギマダラの姿を見つけた。この蝶は、南から北へ往復して旅するので有名であり、大型でフワフワとゆったり飛ぶ姿がたいへん美しい。羽根を広げたところを撮影したかったが、なかなか僕の言うことを聞いてくれない。アサギ(浅葱)の名前の由来となった半透明の薄い青緑色の内側が見たかったのに。

ウツギの花とアサギマダラ

 

マタタビの季節

笠間からの帰り道、道祖神峠を越えて八郷盆地に入った。峠道の両側の林には、マタタビが繁っているところが何箇所もあった。葉の半分ほど白くなっている蔓が、木立のかなりの高さまで登っている。今の季節、葉が白くなっているからマタタビだと容易に判るが、この季節以外だと見つけるのが難しい。もうしばらくすると、この白い部分も通常の緑に戻ってしまう。

車を止めて近づいたら、葉の陰に、白い小さな花が咲いるのを見つけた。今の開花の時期だけ葉っぱが白くなるのは、花粉を運んでくれる昆虫たちに、「この奥に蜜のでる花が咲いているよ」、と知らせているのだろう。葉の下で隠れるように咲いているのは、梅雨の雨で濡れるのを避けているのだろうか。うまくできた仕組みだ。

よく見ると、奥に白い花が咲いている

コーヒーに夢中

最近、夢中になっているのは、コーヒーの焙煎とドリップだ。如何に、美味しいコーヒーを実現するかで夢中になっている。丁度、一年経って小型焙煎機の取り扱いにも慣れた。安定して上手く焼けるようになった。ドリップは、最近になりハイブリッド法を知って、この方法で淹れるようにしたら、雑味が消えて後味が良くなった。これで飲むための環境は一応完成したが、残るは生豆だ! 実は、二年前から、コーヒーの木も育てている(笑)。今ではだいぶ大きくなった。当たり前だが、べつに、これで豆を収穫しようとしている訳でない。深い緑が美しいので観葉植物として育ているのだ。今年も無事に八郷の小屋で冬を越すことができた。今では次から次へとみずみずしい葉を付けている。あと、三、四年もすれば、白い花を咲かせ、真っ赤な果実が収穫できるだろう。でも、実ったら、やはり飲んでみたい(笑)。

今日の午後、雨の降る中、岩間の『橋本焙煎所』に行き、エスプレッソを試飲させてもらった。マシンは、イタリアのLeLIT、グラインダーもエスプレッソ専用のもの、使った豆は、マスターがエスプレッソ用に焙煎したアラビカ種だ。
美味かった!コーヒーの香ばしさや美味さが凝縮している。通常のコーヒーが煎茶なら、エスプレッソは抹茶だ。こんな田舎(失礼)で、本格的なエスプレッソが飲める場所が誕生したのが嬉しい。もう少しすれば、本物のカプチーノやカフェラテなども楽しめるようになる。

小野越の北向観音堂

つくばから不動峠を越えて八郷に戻った。途中、「北向観音堂」の標識があったので寄ってみた。ここを訪れるのは何年かぶりだ。久しぶりの北向観音堂は、深い木々に隠れるように、ひっそりと佇んでいた。苔むした石段が歴史を感じさせる。

北向観音堂は、昔、仏生寺にあった「龍光院」の別院で、伝説では、天平年間(8世紀)に行基が常陸国府を訪れ、夜、この方向に瑞光(めでたい光)を見たので、仏像を彫らせ堂宇を建て安置したという。また、山の反対側の小野村に、年老いて病気に罹った小野小町が逗留した際に、峠を越えて、この北向観音にお参りに来たら、たちまち病が全快して若かった頃のような美貌に戻ったという。この伝説によるためか、昔は関東各地から、主に女性の参詣者が絶えなかったという。朱のお堂も小ぶりである。内部の厨子には細かな彫り物が絵付けされていて、天井絵も描かれている。今でこそ色あせているが、全体が優美な作りである。いかにも女性のための祈願所という趣である。

今から二十年以上前に僕が初めて訪れた当時は、お堂が腐って屋根が落ちかけていた。雨水が中を濡らすほどだった。扉に張り紙があったので読んだら、「修復したいが、近隣の農家14件ではどうにもなりません。どうか、ご協力を」と書いてあった。そこで、職場の女子職員に「女性のための仏」だから協力をしなさいと言って、(半強制的に)一口500円で6人から寄進してもらった。その後、丁寧な令状が届いたが、そのまま数年忘れていた。ところが、八郷に住むようになってから、ある日、何気なく訪れてとても驚いた。観音堂は、綺麗に修理されて屋根も新しくなっていたし、仏像も修復されていた。しかし、お堂の側面に貼られた寄進者名簿の最末席に僕の名前がはっきりと書かれているではないか!金三千円也は僕だけ。先日、訪れたが、まだ、寄進者名簿の板は貼られたままだった。二十年間以上も恥を晒し続けているのだ。これが、観音堂へ僕の足を遠ざけていた理由である。あの時、少しでも僕が加えておけば良かったと反省したが、もう遅い。

(追記)お堂に祀られている観音像を修復した仏師から聞いた話である。もともと、ここの本尊は「秘仏」で、見ると目が潰れるとか言って、村人も目にする事はなかった。毎年、それが収納されている箱を振っては、重みを感じ音を聞いて存在するのを確認していたそうだ。今回の修復に当たって、秘仏の箱を開けてみたら、石ころが入っていただけだった。いつ、誰が盗んで石ころにすり替えたのかも判らない。
秘仏の場合、参詣者のために「御前立尊」と言って代わりの仏像が用意されていることが多い。今回修理したのは、その「御前立尊」だったのである。しかし、この代役の仏像も鎌倉時代のもので見事なものだったそうだ。

 

 

ホタルの季節

友人夫妻が、ホタルを見たいというので下見に行った。毎日、僕が散歩するコースの脇だ。午後7時45分、あたりはすっかり闇に包まれた。遠くの地平線だけが、ほんのりと明るい。
いた!イタ! 水路の上を数匹のゲンジボタルが飛んでいる。まだ、それ程ではないが、ゆったりと明るい光を発しながら堀の上を飛んでいる。これまで毎年見ていた小川がコンクリートの三面ばりになって蛍がいなくなったのでガッカリしていたが、今回、その近くで新たな場所を見つけた。
八郷のゲンジボタルは、今頃から中旬までの間に多く出現して、それ以降は小さくて忙しない飛び方をするヘイケボタルと切り替わる。ホタルを鑑賞するならゲンジボタル。そして、時期なら今だ!

ゲンジボタルの光は強い。光の点滅も飛び方もゆったりとしている。暗闇で、突然、一匹のゲンジボタルと出会うとドキッとする。誰かの「魂」と出会ったかのように・・・。