光明寺の枝垂れ桜

 もしかしたら、宍戸の光明寺の枝垂れ桜が咲いたかもしれないと思い見に行った。この桜は、僕の山小屋の庭にある枝垂れ桜の「母親」だ。今から十数年前に、この桜に実った種子から育てた苗木を住職から頂いてきた。毎年、この季節になると「母親桜」に会いに行く。


 毎日訪れている近所の人によると、昨日はまだ咲いていなかったそうだ。昨日と今日の暖かな陽気で、急にほころんだのかもしれない。満開になるのは今週末だろう。また、訪れてみよう。

突然、春が来た!

 つい先日まで、冷たい雨が降ったり身を切るような風が吹いたりと、まだまだ本格的な春は先のことだと思っていた。困った!薪もすでに使い切ってしまった。


 しかし、今朝起きると空気が暖かい!窓からは、しきりに、シジュウカラとイカルのさえずりが聞こえる。着替もしないで庭に出たら、いつの間にかニリンソウが咲いていた。見上げると枝垂れ桜も咲き出した。マルバノキも小さな葉を広げ始めた。コナラの葉芽が丸々と膨らんでいる。

いつの間にか突然、春が来たようだ。

漢詩の世界に遊ぶ

 このところ、すっかり漢詩に取り憑かれている。どこに行くにも、漢詩集の一冊を携えて行く。これまでの長い間、あの馴染みのない漢字や難しい言葉を敬遠していた。古臭い考えや感じ方についていけないと思っていた。ところが、いざ読み始めると、実に面白い!一つ一つが数十文字のドラマである。一千年以上昔の古代中国の詩人の人生や考え、感性が、ひしひしと伝わってくる。世の中は見かけ上、多く「変化」や「進歩」」したように見えるが、今でも貧富や差別、戦争などは続いている。人に至っては、なおのこと、少しも変わっていない。だから、現代の僕にも理解ができて、共感したり感動するのだろう。

 漢詩を読むのは、ゲームや謎解きをしているのに似ている。難しい漢字の言葉を、その形などから類推して意味を考える。前後の文脈から何が書かれているかを推理する。そして、ある時突然、詩句と詩句が繋がり、全体の意味が浮かび上がってくる瞬間が訪れる。古代の人と繋がって会話ができたようで、その時はすごく嬉しい。この瞬間をいつでも味わいたくて、いつも詩集をボケットに忍ばせているのだ。ほんの僅かな時間さえあれば、彼らとの会話は成立する。つくづく漢字の文化圏に生まれて良かったと思う。

夢の実現

 自宅に小さな美術館を設け、これまでの自分の作品や収集した絵画を飾り、来客者にコーヒーでも飲みながらゆっくりと鑑賞してもらう。時には、芸術や絵の話で盛り上がる。画家などのアーティストの中には、老後、このような暮らしを実現したいと夢を見ている人も多いのにちがいない。それも眺めの良い静かな場所で。

ギャラリーカフェ フォンテーヌ

 流山から八郷に戻る途中、霞ヶ浦の出口に近い旧麻生町で、このような夢を実現した『ミュージアム カフェ フォンテーヌ』を見つけた。『吉崎美術館』である。オーナーの吉崎才兵衛氏は、以前に二科会で優秀賞を貰った風景画家で、現在はこの地で奥さんと二人で個人美術館を開いている。美術館は、吉崎氏の作品を中心に展示しており、隣の部屋は潮来出身の画家・村山密の記念館となっている。
 建物は、少し登った高台にあって、森と森の間から霞ヶ浦の湖面が遠く臨める。あたりは鬱蒼としたタブの樹林と竹林に囲まれている。良く陽の当たる庭には、ローズマリーが繁っている。昨年は、その中にあるニホンミツバチの巣から蜂蜜をたくさん採取したという。今年もミツバチを呼び込むのだと、オーナーの吉崎氏は、巣の製作に張り切っていた。森の方からウグイスが囀っているのが聞こえる。

絵画に囲まれて

 もちろん、客は僕一人。春の暖かな日差しが差し込む。テーブルの周りには絵が飾られている。オーナー夫妻と絵の話、八郷や麻生城のこと、そしてニホンミツバチのことなどを、コーヒーを飲みながら1時間以上も楽しく話した。帰りには、庭先まで送ってくれた。
 思いがけず、こんなゆったりとした暖かい時間を過ごせたことで今日は、春の日にふさわしい一日となった。

バードテーブルを作る

 今頃は、小鳥たちの食べ物が少なくお腹をすかせている季節。そこで、バードテーブルを作ることにした。餌皿を支える支柱を土管にしようと思って、集落の人に古い土管が欲しいと話したら、これで良ければ持っていけというので、繋ぎ用の土管を2個貰ってきた。早速、これを重ねて庭に設置した。10分もかからずに完成した。それがなかなか格好いい。なんだか現代アートのオブジェみたいで、見れば見るほど気に入っている。しっかりしているから、これならカラスが止まっても倒れることはないだろう。中身にたっぷり土を入れたので、日にちが経って、全体に苔が生えたり、横の穴から雑草が飛び出したらますます素敵になる。こんな小さな事でも楽しみは大きい。

 ピーには変なモノと見えたらしく、早速オシッコをかけられた。


 

『枯星森安息所」の春

 前回の時は、紅梅しか咲いていなくて、次は紅白の花が並んで咲いているのを見ようと、今日、『枯星森安息所』に行った。期待していた通り、僕が訪れるのを待っていたかのように、二本の大きな紅白の梅が咲いていた。山麓の針葉樹の黒い森を背景に、そこだけがぼうっと明るく輝いて、春が到来したことを知らせてくれる。マスターが今朝、今年初めてウグイスが下手に囀っているのを聞いたと言っていた。

 カフェの窓からは、二本の梅の木がよく見える。その為に席を設けた訳ではないと思うが、窓際には一人用の席が作られていた。僕は、そこでコーヒーを飲みながら花を眺める。頬杖をつきながらため息をつく。

 梅の後ろの小屋は、昔、右の大きい方が米倉、左の小さい方は煙草小屋だったそうである。いずれも、梅の古木とうまく調和している。『安息所』の静謐な雰囲気を醸し出している重要な要素の一つだ。でも、あと、一月もすれば周りの木々の緑の中に隠れてしまうだろう。
若いマスターは、将来、何かに活用したいと言っていた。例えば、「茶室」などに。